奇跡の中に生かされている 生まれて来たからこそ生きる人生

2017年4月23日



今日も絶好調!!絶好調!!

今朝も最高に幸せな朝を迎えました。

朝、目覚めの第一声は、いつも「神様!感謝します」

「今日も素晴らしい一日を用意してくださり、

ありがとうございます」

そして、親愛なる皆様へ心から感謝しています。

私は私ぐらい『幸せな人』はいないと思っています。

「私は世界一の幸せ者です」

そして『言葉は力です』

言葉遣いは「明日の自分」を作ります。

今日も元気になる言葉を発して、明るく楽しく過ごしましょう。



今日は『国際マルコーニデー』だそうです。

皆さんは「グリエルモ・マルコーニ」と言う方をご存知でしょうか。

今日の通信の発展は彼なくして、なかったかも知れません。

1885(明治18)年の今日、マルコーニは自宅の窓から

モールス信号で2.4km先の無線通信に成功しました。

これが、世界初の無線通信でした。

マルコーニは、翌年アメリカに渡り、1901年12月12日に

大西洋横断3600kmの通信に成功しました。

この無線通信の成功によって、声や映像が瞬時に世界のどこへでも

届くようになったのです。

そして、今は電波を捉えることで宇宙の果ての様子を知ることが

できる様になりました。

2.4kmの世界からスタートし、今は宇宙の果てへと広がったのです。

どんな偉業も最初は小さな一歩からだったのです。

ですから、小さな一歩でも良いから先ずは一歩を踏み出しましょう。



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奇跡の中に生かされている 生まれて来たからこそ生きる人生

今日も、昨日に引き続きホセ・ムヒカ氏の言葉を紹介しましょう。

これは昨年4月7日に東京外国語大学の講演で話したものです。

いろんな価値観がありますけれども、

もっとも重要な価値観は「生きている」ということ。

なぜなら、生きていること自体が奇跡だからです。

なぜ奇跡なのか?、無限の奇跡とも言えると思います。

なぜならば、今これから生まれるであろうチャンスが

いっぱいあるからです。



また、宇宙全体を考えたときに、

いろんなかたちでのチャンスがあるからです。

そういうチャンスを与えられてること自体が

奇跡だと私は思うのです。

もし人生が本当に一番大切なものだとしたら、

私たちのまわりにある価値観というのは、

人間を生物として、ある意味では考えなければならない点です。

すべての種と同じように、

私たちは“種”として生きなければなりません。

さまざまな人間は意識があります。

記憶も人間にはあります。

情動も感情もあります。

思考もあります。

文化を創り上げることもできます。

文明を創ることもできます。

そして、理性的に考えることもできます。

抽象的に考えることもできます。

それでも、私たちは文明の一部にすぎないのです。



自然は、私たちに対して特権を与えてくれました。

おそらく「私たち自身のことを考えろ」という意味で、

私たちにこういった特権を与えてくれたのだと思います。

しかし、それぞれの生活というものを考えた場合には

どうでしょうか?

おそらく、私たちが簡単に忘れてしまうものがあります。

あるいは、忘れてしまっているように思えるものがあります。

それは基本的には死に向かって歩んでいると言うことです。

人間の一生は他の生き物の一生とは違うものがあります。

ある程度まで、私たちは何かを創ることができます。

自分で自分の人生の道を築くことができます。

なぜなら、私たちには意識があるからです。

そのほかの動物はどうでしょうか?

このような可能性をほかの動物は持っていません。

私が考えるには、それは絶対的なものではありません。



また、それは部分的なものかもしれません。

しかし、いずれにしても、

私たちは存在の方向性というものを作ることができるからです。

私たちには、2つの選択肢があるのです。

一つは、「生まれたから生きる」ということです。

いずれのほかの生き物すべてと同じようにであります。

また、もう一つの選択肢というのは

そこから出発して、私たち自身の人生を生きるということです。

そして、それを自分自身で操縦していくことが出来ることです。

すなわち、この奇跡のような生を受けたということの大義のために

生きるのであります。



しかし、そのことは、私たち自身の意志にかかっていることです。

私たちがいかにコミットするかに関わっているのです。

内部で、どのような決断をするかということです。

人生についてコミットするということです。

それは、私たちが多くの恩恵をうけているということを

理解しているということであります。

文明という非常に素晴らしいものがあります。

世代に渡って受け継いでいくものがあります。

それによって可能になっていることが多くあります。

今日(こんにち)の生活を異様にしているさまざまなものがあります。

しかしまた、非常に重要なものもあります。

私たちが相続している、受け継いでいるものがあります。

それは世界がこれからどうなっていくか。

私たちは、これだけ多くのものを受け取ったのです。

それであれば、私たちは、何かを

次の世代の人たちに残すことができるよう貢献することが

できるのではないでしょうか?

(中略)





私たちは「これからやってくる世界が、

私たちが今生きている世界よりもよりよいものにしよう」という

意思を持とうではありませんか。

これは皆さんへの質問です。

生まれたから生きるのか?

生まれたことを理解し、

私たちの存在自体に方向性をつけて生きるのか?

(ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダーノ)



私たちは「生まれて来たから生きるのか?」

それとも「生まれたことの意義を理解し、

それに向かって生きるのか?」

皆さんは、どちらの人生を選択しますか。

もちろん、後者だと思います。

何故なら、私たちにはそれらを実行し、実現する全てを

神が用意してくれているからです。

ですから、次の世代の為に「何が残せるだろうか?」

自分の人生が未来のために「何をすべきなのだろうか?」を

自分自身へ問い掛け続けましょう。





「言葉はちから」です。

その自分自身へ問い掛け続ける言葉が

未来を見つめ・・、未来を切り拓き・・、

自分の人生を築くのです。

「生まれたから生きる人生」ではなく

「生まれて来たからこそ生きる人生」となるのです。

だから、今日も、

「言葉のちから」を信じて

明るく、元気に

良質の質問を自分自身へ問い掛けながら

ウキウキ、ワクワク、自分の選択した人生を歩みましょう。

自分の選んだ人生が未来を切り拓き

次の世代の人たちへ受け継がれていくでしょう。

それがこの世に生まれ、生きた証となるでしょう。





大丈夫!大丈夫!

あらゆる点で一層良くなる!

必ず良くなる!

良かった!良かった!

ツイてる!ツイてる!

ありがとう!

今日も、素晴らしい仲間たちと

共に生き!!

共に歩み!!

共に成長しましょう!!





感謝 合掌

菅野宏泰





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