広島平和記念日に想う

今日も絶好調!!絶好調!!

今朝も最高に幸せな朝を迎えました。

朝、目覚めの第一声は、いつも「神様!感謝します」

「今日も素晴らしい一日を用意してくださり、
ありがとうございます」

そして、親愛なる皆様へ心から感謝しています。

私は私ぐらい『幸せな人』はいないと思っています。

「私は世界一の幸せ者です」

そして『言葉は力です』

言葉遣いは「明日の自分」を作ります。

今日も元気になる言葉を発して、明るく楽しく過ごしましょう。

今日は『広島平和記念日』です。

72年前の今日、雲一つない晴天の広島の空に現れた米軍機

「エノラ・ゲイ」から一個の爆弾が投下されました。

それは、世界で初めて使われた『原子爆弾』でした。

閃光の中で大きな爆音を放ち爆発した原子爆弾は、
中心温度100万度の火の玉となり、

一瞬にして10数万人(その後、放射能被害で亡くなった方を
含むと30万人以上)の命を奪いました。

この原爆の投下には、多くの科学者が反対しましたが、
米国トルーマン大統領の命令により投下されました。

科学の発展は、私たちにたくさんの恩恵を与えますが

原子力発電所や人工知能など

「人間がコントロールできないもの」

「制御の出来ない大きなもの」を

つくってはいけないと思います。

なぜなら、私たちは、どんなものでも

「造れば使いたくなる」ものなのです。

ですから、私たちの心に制御システムが必要なのです。

また、戦争ほど愚かな行為はありません。

どんなことがあっても、

戦争だけは、決して起こしてはいけません。

ですから「決して、戦争は起こしません」と

みんなで誓いませんか。

そこで今日は、広島の平和記念公園にある、
引き取り手がない遺骨を納めた『原爆供養塔』

その清掃活動を40年以上もボランティアで行っている、

広島原爆の被害者、佐伯敏子さんの話をご紹介します。

『思いの強さが、人を勤勉にする』

この掃除を私が始めてから、もう40年になるというわけです。

広島市がこの塔をつくったのが、戦後10年ほど経ってからですから
なるほど40年以上になるわけです。

そもそも私が原爆供養塔の掃除を始めたのは、
昭和20年8月6日にさかのぼります。

その朝、私は広島市から山を1つ越えた
田舎の姉の嫁ぎ先にいました。

敵か味方か、山の上を飛行機が1機飛んできて、
すぐに引き返すのが見えました。

そのときです。

山の向こう、広島のほうの空を異様な光が焦がしたのです。

と、間もなく大音響がして、熱気を帯びた空気に包まれました。

気がつくと、広島のほうにもくもくと煙が立ちのぼっています。

空が曇り、黒い大粒の雨が降ってきました。

「広島がやられた」

私は広島に住む家族、母や兄妹たちのことを思いました。

その思いに急かされて、私は山を越え、広島にもどったのです。

そこで見たものの一つ一つは、いまでも鮮明です。

忘れようとして、忘れられるものではありません。

生き地獄。

いいえ、そんな生易しい言葉で表現できるものではありません。

私は家族の姿を求めて歩き回りました。

ふと、死体のように横たわっていた人がむくりと動いて、
私の足首をつかみました。

私はそれを振り切って進みました。

「助けて・・」「水を・・」と動けなくなった人たちの

呼びかける声に耳をふさいで通りすぎました。

どこが道かもわからないままに、死骸を踏みつけて歩きました。

あのとき、自分に何ができたろうかと思います。

何もできなかったでしょう。

だが、私が助けを求める何人かの人を見捨てたことも事実です。

私の抱く、後ろめたさとはそのことです。

原爆供養塔には、私が見捨て、無視して通りすぎた人たちの遺骨が
納まっているかもしれないのです。

「ごめんなさい」

「すみませんでした」

詫びても、詫びても、償いきれるものではありません。

だから、習わぬお経を唱えながら、ホウキで掃き、
草を1本1本むしらずにはいられないのです。

そうして、40年以上が過ぎたということです。

広島には数多くの慰霊碑や供養塔がありますが、

その1つに『念ずれば花ひらく』という文字を刻んだ

慰霊碑があります。

坂村真民(さかむら しんみん)さんの言葉です。

これは本当なのかも知れません。

広島の思いを伝えたい。

それを受け止めてくださった人の中で一人でも、

自分で感じ、考えたことを言葉に表し、

行動する生き方をしてほしい。

私のその一念が、少しは実りをもたらしているのを感じるからです。

人間は意識して勤勉になるのではありません。

思いの強さが、人を勤勉にするのです。

広島の思いを伝えて、自分が感じ、自分の頭で考えたことを、

そのまま表し、行動する生き方を一人でも多くの人にして頂けたら、

一瞬の閃光の中で生を絶たれた母や兄妹たちが、

にっこり微笑んで私を迎えてくれるに違いない。

私はそう信じているのです。

佐伯敏子さんの話、いかがだったでしょうか。

佐伯さんの言葉の中で私が印象的だったのが

「人間は意識して勤勉になるのではありません。

思いの強さが、人を勤勉にするのです」という言葉です。

私も、そう思います。

いろんなところで「時代が変化しているのだから、

もっと勉強しましょう」と言っているのですが

どれだけの人が「本気で思っているのか?」疑問を感じるからです。

そして、坂村さんの言葉ではないですが

「念ずれば花ひらく」のですから

自分の想いを言葉にして、強く念じましょう。

「言葉はちから」です。

念ずる想いを言葉にすると、その想いは更に強くなるのです。

すると学ぶ姿勢が生れ、勤勉になるのです。

そして、望む理想の世界を築くことが出来るのです。

ですから「言葉のちから」を信じて

みんなで「この世界が、平和でありますように・・」と祈り

「決して、戦争は起こしません」と誓いませんか。

その口にした「祈り」と「誓い」の言葉が

あの戦争で亡くなった人たちへの恩返しになると同時に

理想の平和な世界をつくるでしょう。

大丈夫!大丈夫!

あらゆる点で一層良くなる!

必ず良くなる!

良かった!良かった!

ツイてる!ツイてる!

ありがとう!

今日も、素晴らしい仲間たちと

共に生き!!

共に歩み!!

共に成長しましょう!!

皆さんも、手のあいた時で結構です。

手を合わせて、亡くなられた方々の冥福を祈るとともに
平和について考えてみる日にしてみてはいかがでしょうか。

感謝 合掌

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