寧静致遠(ねいせいちえん) 諦めないでやり続ける習慣を身に付ける

2017年1月21日

今日も絶好調!!絶好調!!

今朝も最高に幸せな朝を迎えました。

朝、目覚めの第一声は、いつも「神様!感謝します」

「今日も素晴らしい一日を用意してくださり、

ありがとうございます」

そして、親愛なる皆様へ心から感謝しています。

私は私ぐらい『幸せな人』はいないと思っています。

「私は世界一の幸せ者です」

そして、『言葉は力です』

言葉遣いは、「明日の自分」を作ります。

今日も元気になる言葉を発して、明るく楽しく過ごしましょう。

今日は『ライバルが手を結ぶ日』だそうです。

1866(慶応2)年、長州の木戸孝允、薩摩の西郷隆盛らが

土佐の坂本竜馬らの仲介で京都で会見し、

倒幕の為に『薩長同盟』を結んだことを記念して設けたようです。

「ライバルが手を結ぶことで時代の流れが変わる」ということを

数多くの過去の史実が教えてくれています。

私の知人は、自分の会社のノウハウをライバル社に提供することで

大きく飛躍しました。

「昨日の敵が今日の味方になる」ことは多くあります。

また「ライバルが居たから成長した」という言葉もよく聞きます。

ですから、ライバルであっても大切にしたいですよね。

そして、昨夜は「アメリカ第45代大統領の就任式」でした。

テレビでその様子を見ていましたので今朝は寝不足です。

今、目をこすりながら今日のメッセージを書いています。

前オバマ大統領と新トランプ大統領は「水と油」のような

全く正反対の政治思想のように思います。

全体との連携を模索したオバマ政権と

アメリカ第一主義を掲げたトランプ政権。

新大統領は「強いアメリカ」の実現を宣言していました。

私は、アメリカ大統領の就任宣言で思い出すのは

第35代アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディの

「我が同胞アメリカ国民よ、

国が諸君のために何が出来るかを問うのではなく、

諸君が国のために何が出来るかを問うてほしい。

世界の友人たちよ。

アメリカが諸君のために何を為すかを問うのではなく、

人類の自由のためにともに何が出来るかを問うてほしい」

という言葉です。

私も「人類の平和のために何が出来るのか?」

「目の前の人に何をしてあげれるのか?」を問い続けたいと思います。

小さなことの積み重ねが大事を成すと信じています。

就任式典の中では、新旧大統領が仲良く話し合っているシーンが

多くみられましたが、

これからは、全く反対の政策が実施されていくものと思われます。

世界は、どの様に変わっていくのでしょうか?

世界の動き、時代の流れに注視していきたいと思います。

政治思想は異なっても、アメリカの頂点に立った二人。

いろんな困難を乗り越えて来たことは共通しています。

どんな時も「自分の信条」を貫き挑戦して来たのです。

そこで、今日は「挑戦し続ける」ことの大切さを教えてくれた

F1チャンピオン、ナイジェル・マンセルの人生を

ご紹介させて頂きます。

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寧静致遠(ねいせいちえん) 諦めないでやり続ける習慣を身に付ける

「寧静致遠(ねいせいちえん)」

これは、諸葛孔明が我が子に書き残した言葉です。

意味は「誠実にコツコツと努力を続けないと、

遠くにある目的には到達することはできない」です。

「やり続ける(挑戦する)ことの大切さ」を

諸葛孔明は我が子に教えたかったのでしょう。

成功には「やり続ける」という資質が最も重要な要素のようです。

F1チャンピオン、マンセルのキャリアは異例でした。

彼は、イギリスのごく一般的な家庭に育ちました。

学校を卒業したマンセルは、昼は自動車関連部品の会社で働き、

夜は窓拭きのアルバイトをして

カート・レースのための資金を稼ぎました。

ようやく資金のできた1976年、フォーミュラ・フォードに参戦開始。

11戦5勝の好成績をおさめます。

しかし、この翌年、ブランズハッチのレースでクラッシュし、

首の骨を折ってしまったのです。

3週間、まったく意識のなかった状態から目覚めたマンセルをみて、

医者は「非常にラッキーなケースだ」と言いました。

1978年、家と家財道具を売り払いF3に再度、参戦。

しかし1979年、またもやレース中のアクシデントで

脊髄を痛め入院。

その病床に、ロータスF1チームのオーナー、

コーリン・チャップマンから電話が掛かります。

「君にテストに参加してほしいのだが事故で負傷したそうだね?」

と聞くチャップマンに、

マンセルは「事故にあったのは別人です」と語り、

痛み止めの注射を人の6倍も打ってテストに参加。

結果は、見事に合格。

ついにF1のシートを獲得したのです。

苦労に苦労を重ねて、ようやくたどり着いたF1。

ところがF1に上ってからも、

マンセルの人生は順調にはいきませんでした。

名門ロータスは、マンセルがデビューしたこの時期、

かつてない不振にあえいでいたのです。

目立った成績もあげられないまま1982の暮れには

マンセルの才能を高く評価してくれていた

コーリン・チャップマンが死去。

これにより、ロータス・チーム内でのマンセルは、

微妙な立場にたたされます。

そして、1985年。

搭載するホンダ・エンジンが、

そのパワーを発揮しはじめたウィリアムズに移籍。

シーズン終盤、因縁のブランズハッチで開催された、

ヨーロッパ・グランプリで、ついに念願の初優勝。

この初優勝は、デビューから72戦目という、

当時、もっとも晩い初優勝でした。

苦労人マンセルを象徴する記録ですが

つづく73戦目で2勝目を挙げ、ついにその才能を開花させます。

この後も、F1総合チャンピオンになるまで

壮絶な試練が彼を襲います。

マンセルが過去、自分自身に失格の烙印を押さなかったことが、

不思議に思えるほどの冷たい現実の連続でした。

彼が経験した数々の困難の、どれか一つでさえ

その道を諦めるのに充分な理由となったはずです。

首を骨折した時・・、

家財道具を全部売り払った時・・、

もし、彼が夢を諦めていたら、この成功はありませんでした。

しかし、彼はどんな逆境も乗り越えて来たのです。

私たちも、彼の人生から多くのものを学ぼうではありませんか。

ですから、困難にぶつかった時には・・

ツラいことがあった時には・・

「私は必ず、チャンピオンになる!」

「私は必ず、成幸者になる」と言葉にしましょう。

「言葉はちから」です。

その口にした言葉が、自分を鼓舞してくれるのです。

その言葉で、再挑戦の勇気を与えてくれるのです。

すると「諦めないでやり続ける習慣」が身に付くのです。

「やり続けること」で「夢を叶える」ことが出来るのです。

そして「人生の成幸者」となるのです。

だから、今日も

「言葉のちから」を信じて

明るく、元気に

「私は必ず、チャンピオンになる」の言葉を口に

ウキウキ、ワクワク、自分の信条への挑戦を楽しみましょう。

挑戦をし続けることで、諦めない心が生まれ

「やり続ける習慣」が身に付くことでしょう。

そして「人生の成幸者」になるでしょう。

「私たちは生まれた時からチャンピオン」だったのですから

幸せに成って、人生を輝かせましょう。

大丈夫!大丈夫!

あらゆる点で一層良くなる!

必ず良くなる!

良かった!良かった!

ツイてる!ツイてる!

ありがとう!

今日も、素晴らしい仲間たちと

共に生き!!

共に歩み!!

共に成長しましょう!!

感謝 合掌

菅野宏泰

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