もう一度・・

今日も絶好調!!絶好調!!

今朝も最高に幸せな朝を迎えました。

朝、目覚めの第一声は、いつも「神様!感謝します」

「今日も素晴らしい一日を用意してくださり

ありがとうございます」

そして、親愛なる皆様へ心から感謝しています。

私は私ぐらい『幸せな人』はいないと思っています。

「私は世界一の幸せ者です」

そして『言葉は力です』

言葉遣いは「明日の自分」を作ります。

今日も元気になる言葉を発して、

明るく楽しく過ごしましょう。


今日は「あかりをつけましょ ぼんぼりに♪

お花をあげましょ 桃の花♪」の

『桃の節句(ひな祭り)』で

女の子の健やかな成長と幸せを願う日です。

由来は、中国で行われていた『上巳(じょうし)の節句』で

人形に自分の邪気を移して川に流す「流し雛」が

時代とともに豪華になり、家に飾るようになったようです。

「ひな祭り」一つとっても、時間を掛けて変化、進化して

文化はつくられると言うことを感じますよね。


ネットで「ひな人形」のお下がりの賛否が騒がれている様です。

厄払い、邪気払いの人形ですから「人に譲ってはいけない」との

お下がり反対派の意見も一理ありますが、人形業界の損得勘定が

見え隠れしているように感じるのは私だけでしょうか。



『やり続けた者、諦めなかった者が人生の勝者となる』



「いのちの輝きのない都会生活」に疑問を感じて脱サラ。

インド放浪の旅の後、九州阿蘇外輪山の小国郷に移住した

「満願寺窯」窯元、北川八郎さんの著書

『繁栄の法則 その二』に次のような話がありました。


秋の小学校の運動会の出来事でした。

熊本の田舎の小さな小学校の運動会はつい最近まで村の一大行事。

まだ朝早くから席取り行事がさかんで、大勢の村人が運動場を

わんさと囲んでわが子の応援に熱を入れて大騒ぎです。

そんな中、五年生の男の子の徒競走がありました。

一人の男の子がダントツぶっちぎりの速さで

一番でテープを切りました。

会場は盛り上がり、「ワー格好いい」と大拍手が起きました。


その後は、小三の女の子が五~六人ずつ一組で走りました。

二つ目くらいのグループがスタートした時、

一人の女の子がよたよたと走り、カーブで転んでしまいました。

膝をすりむいたようで、やっと立ち上がった時、

手と膝から血が出ていました。

運動会の会場は応援の歓声がやみ

「シーン」としてしまいました。

同じグループの子供たちは

もうほとんどゴール近くまで走っています。


「どうするんだろう。走るか、やめるか・・・」と

皆が固唾をのんで見守っているのが感じられました。

女の子は立ち上がり、

血のにじむすりむいた足をひきずりながら

そして、泣きながらよたよた走り続けたのです。

途中、「がんばれ、よしこ!」と声がかかりました。


その子が足をひきずりゴール近くまで走ると

会場は再び固唾をのんでシーンとしてしまいました。

一瞬、時が止まったあと、その子がゴールに倒れこんだ時

会場は拍手とどよめきと感激に大揺れになりました。

お母さんたちは感激して涙をふいている人もいました。


私は未だに、この二つのシーンが忘れられません。

私は思います。人生もこれでいいんだ。

もちろん一番で格好良く走るのもいいでしょう。

でも、神が望んでいるのは足が遅くても、ドンべでもいい・・・

生きるのが下手でも誠実に「走りきる」ことなのだと思いました。


人々は一番で格好良く走ったシーンよりも、

転び泣きながら人生を恥ずかしく思いながらでも、

走り切った足の遅い子に大拍手と大応援をしたのです。

この子は観る者に勇気と力をくれました。

「ドンべでもいい、誠実に走り切ること(やり切ること)なのだ」

という神の言葉を皆にもたらしたのです。

生きることは下手でもいい、傷つくこともある、

でも目ざすものがあれば、失敗しても再び立ち上がればいい・・・

やり続ければ世間は必ず応援します。


(『繁栄の法則 その二』より)


いかがでしょうか。

人は、何に感動し、応援したくなるのでしょうか。

決して「勝者ではない」と言うことを

北川さんは伝えたかったのでしょう。


もし、他人との勝った負けたとの

損得勘定で走っていたら

誰かが勝利を手にした瞬間に

走るのを諦めるとか、力を抜いてしまうとか

走るのを止めてしまうかも知れません。

しかし、そのゴール(人生の目的=志)が

自分にとって価値あるものだったらどうでしょうか。

誰かが見ているから・・とか

恥ずかしいから・・とかの

「損得の感情」を捨てて、走り切ることができるでしょう。


また、北川さんが言うように、

神様が望んでいるのは・・

そして、私たちが応援したくなる人は・・

足が遅くてもいい・・、

ドンべでもいい・・、

転んでもいい・・、

生きるのが下手でもいい・・

何度、失敗してもいい・・

再び起き上がり、歩み続ける人たちなのです。


私たちは、才能があるから人生の勝者になるのではなく

やり続けた者、諦めなかった者が勝者となるのです。

ですから、何があっても・・

どんなことが起きても・・

「もう一度・・」

「がんばれ、○○(自分の名)!」と

自分自身に声援を送りましょう。


「言葉はちから」です。

その口にした声援の言葉で、

もう一度、起き上がる勇気が湧くのです。

その勇気で、再び歩み始めるのです。

その歩むことを諦めない心、やり続ける姿に

多くの人は感動するのです。

また、歩み続ける者、諦めなかった者に

神様も、人々も、声援を送り応援するのです。

すると、人生の勝者となるのです。


だから、今日も、

「言葉のちから」を信じて

明るく、元気に

「もう一度・・」「がんばれ、○○(自分の名)!」の

自分への声援の言葉を口に

ウキウキ、ワクワク、諦めない心を養いましょう。

その諦めない心で歩み続けましょう。

その姿に、神様と多くの人たちが応援してくれるでしょう。

すると、人生の勝者にさせて頂けるでしょう。


大丈夫!大丈夫!

あらゆる点で一層良くなる!

必ず良くなる!

良かった!良かった!

ツイてる!ツイてる!

ありがとう!

今日も、素晴らしい仲間たちと

共に生き!!

共に歩み!!

共に成長しましょう!!


今日も最後までお付合いを頂き、ありがとうございました。


感謝 合掌

※こちらのブログは、毎朝、メルマガ読者にお送りしているものをブログにしています。
日々、リアルタイムに読んでみたい!という方は、
メルマガ希望欄よりお申し込み頂ければ、メルマガ読者として登録させて頂きます。
http://www.kotobawachikara. com/register.php