2016年8月17日
今日も絶好調!!絶好調!!
今朝も最高に幸せな朝を迎えました。
朝、目覚めの第一声は、いつも「神様!感謝します」
「今日も素晴らしい一日を用意してくださり、
ありがとうございます」
そして、親愛なる皆様へ心から感謝しています。
私は私ぐらい『幸せな人』はいないと思っています。
「私は世界一の幸せ者です」
そして、『言葉は力です』
言葉遣いは、「明日の自分」を作ります。
今日も元気になる言葉を発して、明るく楽しく過ごしましょう。
お盆休みも終わって
今日から仕事と言う方も多いのではないでしょうか。
今年も残すところ、あと136日となりましたね。
過ぎた230日もアッという間でしたが
残り136日もアッという間だと思います。
目標に向かって、全力で走り切りたいと思います。
全力と言えば、地球の裏側では熱戦が繰り広げられ
私たちに多くの感動を与えてくれています。
彼らの自分の与えられた機会に、
全力で、真剣に取り組む姿には涙が出ます。
心が揺さぶられます。
彼らが私たちに感動を与えてくれるのは
自分の持てる力を全力で出し切っているからではないでしょうか。
彼らの姿を見ていると、全てに全力・・、全てに真剣・・。
残り136日を本気で一生懸命に生き抜こうと思います。
ところで、皆さんの中には、お盆休みを利用して
いろんな観光地に出かけられた方もおられるかと思います。
観光と言えば、多くは「観に行く」と言いますが
世界自然遺産の屋久島の千年杉には
多くの方が「会いに行く」と言います。
どうしてなのでしょうか?
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神さまが宿っている 真剣に全力で生きると‥
屋久島の千年杉には、多くの人たちが「会い」に行くと言います。
「会いに・・!?」
杉は「会いに行く」ではなく、「観に行く」が
日本語的には「正解」なのではないでしょうか。
ではなぜ、「千年杉」は
「会いに行く」と皆さんが言うのでしょうか?
それは、「樹齢千年の杉」には
「神(神のようなもの)が宿っている」と
多くの人たちが思っているからではないでしょうか。
もし、皆さんが「樹齢千年の杉」の前に立って
「樹齢千年の杉」を蹴ったり出来るでしょうか?
答えの大半は「NO」なのではないでしょうか。
「樹齢千年の杉を蹴るなんてバチが当たりそう・・」
と思うからではないでしょうか。
私も千年も生きている杉には
「神」や「神のようなもの」が「宿っている」と思います。
では、「神が宿っている」としたならば・・
それは「いつから・・?」宿ったのでしょうか。
「いつ頃」に宿ったのでしょうか。
樹齢五百年頃?
それとも、百年頃?
五十年頃・・?
「神が宿った」としたならば・・
それは、「芽生えた時」には「宿っていた」と私は思います。
既に、「芽生えた時」には「神」は宿っていたのです。
では、「芽生えた時から神が宿る」というのであれば
私たちは、わざわざ屋久島などに行かなくとも、
窓の外に見える木々にだって
「神が宿っている」のではないでしょうか。
または、道端に咲いている「タンポポ」にだって
「神が宿っている」のではないでしょうか。
そして、もし「目の前の木々」「道端のタンポポ」にも
「神」が宿っているとしたならば
私や私たちの周りの方々にも
「神」は「宿っている」のではないでしょうか。
そうなのです。
私たちは生まれながらにして
私たちの中に「神さまが宿っている」のです。
ですから、どんなことでも挑戦できる能力を持っているのです。
どんな困難をも乗り越えられる能力を備えているのです。
では、「神さま」として崇められる人と、
そうでない人に分かれるのはどうしてなのでしょうか。
それは、生まれてからの
「生き方」にあるのではないでしょうか。
真剣に生きるか?どうか?で決まるのではないでしょうか。
オリンピックに出場しているような選手たちは
全力で真剣に練習を積み重ねてきたから、
私たちに「神業」と言われるようなシーンを見せてくれるです。
「神業」と思えるような技で私たちを感動させるのです。
ですから、私たちも、
自分の持っている能力を全力で、真剣に磨くことで
人に感動を与え、
「神さま」と言って頂ける存在になることは出来るのです。
わざわざ「屋久島へ神に会いに」行かなくても
私たちは毎朝、鏡の中に「神さま」を見ることが出来るのです。
ですから毎朝、鏡の中にいる神さまに向かって
「私には神さまが宿っています」
「だから、どんな事にも挑戦できる能力を持っています」
「どんな困難をも乗り越えられる能力が備わっています」
「今日も全力で過ごして参ります」と唱えましょう。
「言葉はちから」です。
その自分自身へ語り掛けた言葉が、
今日も真剣に生きる力となり
一日を全力で過ごさせる姿勢をつくってくれるでしょう。
真剣に、全力で生きることで人に感動を与えたいと思います。
人に感動を与えられるような生き方で
人に「神さま」と呼ばれるような人生を送りたいと思います。
だから、今日も
「言葉のちから」を信じて
明るく、元気に、
自分自身に唱える言葉で
ウキウキ、ワクワク、自分の能力に真剣に、
そして、全力で挑戦してみましょう。
自分の能力の限界に挑戦することで人に感動を与えましょう。
人に感動を与え、神さまと言われるような人生を歩みましょう。
それが、幸せな人生となるでしょう。
大丈夫!大丈夫!
あらゆる点で一層良くなる!
必ず良くなる!
良かった!良かった!
ツイてる!ツイてる!
ありがとう!
素晴らしい仲間達と
共に生き!!
共に歩み!!
共に成長しましょう!!
感謝 合掌
菅野宏泰
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